大原麗子あんなに可愛かったのに整形失敗?孤独死の真の原因は?

ooharareiko

2009年の夏に自宅でひっそりと亡くなった女優の大原麗子。甘えたようなハスキーな声とその美しさで一時期はトップ女優として輝いていた大原麗子は難病と闘っていましたが、晩年はあまりに寂しいものでした。

必要とも思えなかった整形に失敗して仕事をキャンセルしてから大原麗子は表舞台から遠ざかることになってしまったのですが、一体何が大原麗子を整形に駆り立てたのでしょう。

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【素顔は可愛くなかった?】

可愛い女性を演じさせたらたぶん今でも大原麗子の右に出る人はいないと思います。1980年~1990年まで放映された「すこし愛して ながーく愛して」のコピーで知られるサントリーのCMシリーズは、檀れいが出ているサントリー金麦のCMのルーツともいえる作品群です。

美人の女房がダンナの帰りを待っているという設定は同じですが、大原麗子は家を空けがちなダンナ(どうやら絵描きさんらしい)にイライラしつつも、ダンナの顔を見たらやっぱり大好きというちょっと意地っ張りな嫁さんに扮しています。

この人は意外なほど小柄なので和服姿でぺたっと座った後姿だけでも可愛いのですが、4本目の「またケンカした編」がむちゃくちゃ可愛いです。

CMなどではコケティッシュな可愛い女性を演じていた大原麗子ですが、残念ながら私生活はCMのような女房ではいられなかったようです。

1973年、大原麗子は26歳で俳優の渡瀬恒彦と結婚します。しかし結婚生活は長く続かず5年後に離婚。子どもはありませんでした。それから2年後に今度は歌手の森新一と再婚しますがこれも長く続かず4年で破局を迎えて、それきり結婚することはありませんでした。

森新一との離婚の際に「家庭に男が2人いた」とコメントしていましたが、女優の仕事を優先することを譲れなかったことが伺われますね。

1980年代までの主役級の女優さんというものは、おしなべてわがままととんでもなく高いプライドが標準装備になっていましたから、仕事と家庭の切り替えが出来る器用さがないと結婚生活の維持が難しかったということでしょう。

特に、森新一はかなり亭主関白なところがあることが後に再婚し離婚した森昌子の口から語られていましたから、初めからおよそうまくいきそうにない結婚だったようです。

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【病気と整形】

大原麗子が難病のギランバレー症候群と診断されたのは最初の結婚前の1973年でした。筋肉を動かす運動神経に障害が出て手足に力が入らなくなる病気です。ふらつきなどの症状が出るので、俳優にとっては演技に支障が出てしまいます。

重症の場合は呼吸が出来なくなるなどの症状が出ることもありますが、大原麗子は幸いなことにそれほど重症化することなく回復したので、それほど大きく取り上げられることはありませんでした。

1993年ごろに乳がんの手術を受けていますが、この頃も仕事を休むことなくこなしています。

大原麗子はトップ女優として人気が上がるにつれて脚本や演出に細かな注文をつけるようになったため、現場から「使いにくい女優」認定されて仕事がだんだん減ってしまったそうですから、病気だからと休んでいる場合じゃなかったのかも知れません。

1999年11月にギランバレー症候群が再発したとして仕事を休止していますが、大原麗子はこの頃に右目を二重にする美容整形手術を受けたものの失敗してしまいます。

大原麗子は片目だけ二重なのがコンプレックスだったそうなのですが、この整形はほとんど思いつきのように行なわれたものの、安くて早いをうたい文句にしたような病院を選んだために傷口から雑菌が入って顔がはれ上がり、結果 決まっていた映画出演をキャンセルせざるを得なくなりました。

この頃から大原麗子の仕事はさらに減り、2004年のドラマ出演を最後に事実上の活動休止に入ってしまうのですが、あくまで主役にこだわり続けて仕事を断っていたためとされます。

整形手術を行なったのは年齢とともに容姿が衰えることへの恐怖と女優として完璧でありたい気持の表れだったでしょう。主役を得るために必要なことだと考えてのことだったんでしょうね。90年代に入ってから目に見えて仕事が減っていた大原麗子の焦りが見えるようです。

【孤独な死の原因は?】

2009年8月、大原麗子は自宅で亡くなっているところを連絡がとれないことを心配した親族に発見されました。

晩年の大原麗子は精神状態がかなり不安定だったようです。2008年にも病気の影響で自宅で転んで手首を骨折する重傷を負っています。そのとき芸能レポーターが様子を聞こうと自宅に電話を入れたときの音源を聞いたことがありますが、自分がいまどれほど大変かを泣きながら延々と喋っていて、一人でいても大丈夫なんだろうかという感じでした。

寂しさと不安からか、森光子や朝丘ルリ子などの友人知人へ相手の都合を考えない一方的な長電話をかけ続けていたようですが、面倒見切れんわと距離を置かれることもあり、かえって寂しさを募らせることになっていたのでしょう。直接の死因は不整脈による脳内出血と発表されました。

女優として自分の足で立って生きることに最後までこだわり続けたものの、もはやトップ女優ではないことを受け入れられずに長電話をかけることで憂さを晴らそうとしてより自分を孤独に追い込むことになってしまった悲しい死。

女優としての大原麗子は、誰とも違う魅力がありました。CMお台詞のようにながーく愛されるために、我を抑えることが出来ていればよかったのにと思わずにいられません。

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